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2011年12月

2011年12月 1日 (木)

これからも変わらないのは…

チクゾーを亡くしてからずっともやもやしたままなのは
相変わらずですが「到底生きていけないや」と思っていたのに
私が未だ生きているのも相変わらずです(弱笑)

大切なものを失って、それでも残されたものには日常があり、
暮らしのために仕事をし、働けばお腹も空くし眠たくもなる…
そうやって、時間に押し流されながら日々を過ごすことで、
突然頭上に滑り落ちてきた絶望と距離を広げていくものだと
子供の頃からたくさんの動物たちと暮らし、見送ってきた経験で
十分に学んできたはずなのですが…

今回ばかりはどうした訳か、この悲しみは随分としつこい様で。
それと言うのも、この3年ほどは仕事もせずに毎日毎日、家で
チクゾーと一緒に過ごし、外泊は一泊を限度にしつつ極力控え
年末年始も夫を一人で帰省させ、私は自宅でチクゾーと共に
年を越し、日中も家事を一通り済ませた後は自分の布団で
チクゾーに添い寝(ぐうたら主婦の典型だな)…と、
とにかく私の生活はチクゾーが中心だったからなのだろうと、
むしろ、今の私にとって、チクゾーだけが全てだったからだと、
今となってはチクゾー依存症と名付けてもいいような具合で。

だからと言って、もっと距離を保って接していれば良かったとは
決して思っていませんが。
闘病と言うほどではないけれど、少なくとも夜のうちに3回は
ご飯を食べるところを見届けないと、と思い、時には無理にでも
起こしてご飯を食べさせたりするために、この半月はほとんど
徹夜状態だったり。
今考えたら、チクゾーにとっては迷惑な話だよなと苦い気持ちに
なるのは、私自身が全然お腹が空かないのに、夫や母から
「ちゃんと食べなさい」と言われてようやく、それがいかに辛いか
思い当った次第で…
そんな風にして、特にこの数日はチクゾーにほぼ着きっきり、
もちろん元気だった頃もちょこちょこ寝顔を見たくて布団の中を
覗いたり、彼と暮らしてきた4年と4か月弱、私の毎日はまさに
エブリタイム・チクゾーでした。


28日の夜を境に、私の世界はパカッとまっぷたつに割れて、
もう、向こう側へは戻ることはもちろん、見えもしないくらいに
遠く霞んでしまい、それまでと同じ場所に視線をやっても、
そこにはチクゾーはいないのだと痛感しては、胸の中に何か
もやもやとしたものが凝って「ウワーーーッ!」と叫んでしまい
たくなります。
精神状態として良くないのは当然ながら、こんな事では、
チクゾーが安心して眠りに就くためにも良くないということは
分かっているので、代わりに「ヘンなの」と言う事にしてみた。
今までいた場所にいないなんてヘン。
今まで一緒に過ごした時間を一人で過ごすなんてヘン。
今まで案じていたことが、もう考える必要もないなんてヘン。
基本陽気なはずの私がこんなに沈み込んでる状況もヘン。
何もかもが今までと違ってヘン。
と、まあこんな感じに、「ヘンなの。」と口にすることで、
自分の中の我儘な感情に、どうにか折り合いをつけています。

そう。
ただただ取り残された自分が寂しいだとか、悲しいだとかという
気持ちは私の我儘でしかないのだろうと思うのです。
チクゾーの死を悼む気持ちは忘れず、冥福を祈りつつ、
まっぷたつに割れてしまった世界で、それでもこれからもずっと、
ずっとずっと変わらないのは、やっぱり私は
エブリタイム・チクゾー
なのだという事。
思い出して泣くよりも、思い出してクスッと笑ってもらえた方が
チクゾーも幸せなはずだ。
どうせ泣いても笑っても思い出すのがチクゾーのことばかりなら
笑っていようじゃないか。

こうして、きちんと言葉として自分の気持ちを整理してみて
正解だったな。
きっとまだまだ唐突にチクゾーのことを思い出して、不毛な
後悔や寂寞に駆られて泣きたくもなるのだろうけれど、
少なくとも、最後まで頑張ったチクゾーに呆れられない程度
には、しゃんとして生きていないと、という気持ちにはなれた
んじゃなかろうか。と、思うがどんなもんだろうか。

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